金曜日の昨夜は熊本県の人吉市に前泊した。現在トレッキングしているのは九州山地の中になるため、まずはトレッキング再開地に到着するのが一苦労。今朝は前泊した人吉のホテルを6:00に出て、人吉駅から7:02の五木村行きの数少ないバスに乗った。標高1000m近い山々から川辺川に見事なV字を形成した谷の東岸をバスは走り、8:00に五木村頭地に到着した。天気は快晴。気温は22℃。最高のコンディションだ。
五木村からは国道445号線を川辺川に沿って北上する。先週は上流から歩いた道だが、何度歩いても美しい渓谷だ。ここがダム湖に沈むのは残酷だ。トンネルを抜け、つり橋を右手に眺め、9:00に4.3km先の竹の川に到着した。ここが先週、九州自然歩道から離脱した地点。竹の川から県道161号線に右折して下梶原川に沿って東に進む。
下梶原川はヤマメのキャッチアンドリリース制限をしている珍しい川。キャッチアンドリリースとは、釣った魚を持ち帰らずに、そのまま逃がすスポーツフィッシングに特化した釣りの楽しみ方。少ない傷で魚を針から外すことができる、返しのない針を使う。しかもルアー、フライのみで、エサ釣りは禁止。魚とのだまし合いに限定しているわけだ。このあたりには、観光にスポーツフィッシングを導入した先駆者がいるようだ。それにしても透明度の高い川だ。川辺川もきれいだったが、乳白色の濁りが特徴的だった。これに対して、下梶原川は透明度が極めて高く、水中の石が一つ一つ数えられるほど。
30分ほど舗装路を歩くと、三浦の集落を通過した。対岸の山に石灰岩の岩肌が見え、その真ん中に穴が開いている。天狗岩という名だと解説する看板が設置してある。時間があったらこの穴の中を覗いてみたい気もするが、どうも簡単にそこに行ける道はなさそうだ。
道路沿いには水力発電所が現れた。この地域一帯には水力発電所が多い。このあたりの水力発電は、大型のダムを利用したものではなく、川の上流の取水口から、下流に送水管で送って発電に使うもののようで、規模は小さいようだ。川の様相が大きく変わることがなく、好感を感じる。
さらに20分ほど歩くと蛍の里という民宿が現れた。竹の川で看板を見かけた民宿だ。川べりに建つワイルドな趣のある民宿だが、営業中の札がかかっているので覗いてみることにした。時間が少し早いが、イノシシ肉のランチもいいかと思ったからだ。しかし、ここのところしばらく営業はしていないとのこと。残念ながら先に進む。
さらに下梶原川の上流に向かって舗装路が続く。右手につり橋が見えてきた。小原(こばる)橋という50mほどの長さのつり橋だ。対岸に家は見えないが、かつては住む人がいたのか、それとも里山の管理にでも使うのだろうか。とりあえず、つり橋を見かけたら渡ることにしている。橋の上からの眺めは最高だった。
10:34に本日10km地点の一の股橋に到着した。ここで橋を渡ったら日当方面に向かう大規模林道に分岐しているが、林道は通行止めとなっていた。小休止の後、九州自然歩道のコースに従って、さらに上流に歩く。
幸いこれまでのところ、舗装された道路にはそれほどひどい崩落個所はなく、歩きにくいようなところはない。ほとんど自動車の通行もなく快適に歩くことができる。山はどんどん深くなる。谷底まで太陽の光が届き、暖かくなってきた。ポツンと現れた民家の傍には、シイタケの圃場とソバの畑があった。
12:00に下梶原の集落に到着した。ここには直進方向通行止めの大きな看板が立てかけてある。事前に現地に電話で確認したところ、九州自然歩道の進むこの先の峠は歩いても越せない状況で、さらに峠を超えた先の球磨川上流部は豪雨による被害が大きく、入山禁止になっているとのこと。やむなく、ここから大きく迂回して日当に向かい、林道を経由して九州自然歩道に復帰可能なところまで進むこととした。
数軒の家からなる下梶原集落で橋を渡り、今度は下流に向かって西に方向を変えた後、スイッチバックを繰り返して山の上に向かう。正面に美しい山が見えてきた。おそらく高塚山だ。スギとヒノキの植林の中を高度を上げながら進み、13:10に標高867mの峠に着いた。
車がまったく通らない舗装路の真ん中に寝転がって休憩。空の青さが目に沁みるほどきれいだ。気温は22℃。心地よい風が左から吹く。葉のこすれあう音以外は何も聞こえない。
峠から林道は2つに分かれる。一つは頂上の標高が1200mほどの無名の山の北を回って広域林道に出るコースで、5kmほどと距離は短いが2か所の谷をアップダウンする。もう一つは同じ山の南を通るコースで、最初に200mほど登って標高1000mに到達した後は、等高線3本程度(30m)を上下するだけのほとんど平坦なコースだが、距離は北回りの2倍以上ある。ここまでの行程を振り返ると、沢のあるような深い谷では道路の崩落が生じている可能性が高い。今回は道路の崩落のリスクが少なそうな南大回りコースを選択した。
南回りコースは未舗装だがよく整備された広い林道だった。人の手がしっかり入った杉の植林があるので、林業に活用されている道路なのだろう。自動車の轍もくっきりとついている。標高が1000mとなったところで厳しいアップダウンはなくなり、日当たりの良い快適な林道が続く。
林道の道路脇には黒いネットを張ってある。歩行者の転落防止のためではないだろう。おそらくシカが新芽を食べたり樹皮を剥ぐのを防ぐためのネットだろう。
しばらく歩いたところで道路の大きな崩落個所があった。ここから急に道路が荒れ始めた。崩落個所から先はしばらく自動車が入っていないからだろう。それでもたいして歩きにくいわけではない。ときどき木を跨げばよい程度だ。
気持ちよく林道を歩いていたら、ほんの20mほど先にシカが見え、すぐに斜面の下に走って逃げた。お尻の白いマークが印象的。まだ小さなシカで、食事に集中したあまり、私の足音に気が付かなかったようだ。珍しいことに斜面の下からこちらを観察している。道路が崩落した後は人があまり入っていないため、人を珍しく思ったのだろうか。写真に収めることができたのは珍しい。しばらくこちらをじっと見て、踵を返して逃げていった。その後しばらくは、谷では複数のシカが高い声の警告音を鳴らしていた。
15:30にりっぱな舗装路の広域林道に合流した。ここまで歩いた距離は22.9km。現在の標高は1122m。南回りの林道で正解だったかもしれない。崩落個所はあったものの、それほど苦労せずに通過できたから。
舗装路を1kmほど歩いて、16:05に白蔵越の峠に到着した。ここから舗装路を離れ、五木村から水上村に向かう林道に入る。林道の整備状況は良好。正面には市房山が見えてきた。立派な山だ。
このあたりの山の手入れは非常に良い。しばらく林道を歩き、高度が900mを切った辺りで、林道わきに心地よさそうな草地を見つけた。16:46と少し早めだが、谷間ではすでに日が落ちている。草地の小石や杉の枯れ枝をどけて整地し、テントの設営を開始した。
2020年10月3日 九州自然歩道 56日目 熊本県球磨郡五木村頭地~水上村白蔵越 晴れ 気温22/9 距離26.0km 行動時間8:46 平均速度3.7km/h 40964歩
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